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| ガンプラ製作代行専門店 アナハイム 製作者あいさつ |
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ガンプラ製作代行の「アナハイム」にご来店いただきありがとうございます
私はガンプラ製作担当の、野澤 一昭 (のざわかずあき)です。
俗に、ガンダム世代と呼ばれる人間です。
ファーストガンダムがリアルタイムで放映されていた頃は、小学生で毎週欠かさず
テレビにかじりついて見ていました。
ガンダムにあこがれ、アムロにあこがれ、
「大きくなったら連邦軍に入ってガンダムのパイロットになりたい」
などと言う、あわい思いを抱いていたものです。
そんな時にバンダイから発売されたのが、ガンダムのプラモデル。
通称「ガンプラ」と呼ばれるキットでした。
このガンプラの発売は、当時としては衝撃的でした。
それまではプラモデルと言えば、スーパーカーか戦車くらいの物でした。
なので、存知のとおりの爆発的な人気になったわけです。
なにせ、近所の小さな駄菓子屋でさえ、ガンプラを置くほどでしたからねぇ!
それでも、ガンダムやザクなどの、人気のあるキットは
なかなか手に入らなくて、ガンプラが入荷すると言う日には
何キロも離れた模型店まで、自転車を飛ばし買いに行きました。
それでものこっているのは、ザクレロやアッグガイなどの不人気なキットばかり
ガンダムはいつ入荷するかわからないのを予約しないと買えませんでした。
はじめて手に入れたのは、ガンプラが発売されて、
ずいぶん経ってからだったと思います。
そうして、やっと手に入れても、道具は高くて買えないので
爪きりで切って、マジックでペイントしたりして組み立てたり・・・
今思えば、決して、良い出来とは言えないガンダムが当時は大切な宝物でした。
まあ、それも幼い頃の思い出です。
それから、月日は流れ、
就職して、結婚して、子供が出来て、と普通に大人になりました。
そんなある日、息子の誕生日のプレゼントを買いにおもちゃ屋に行って
びっくり!!です。
おもちゃ屋の模型コーナーに、昔憧れていたガンダムが
置いてあるじゃないですか。
しかも、昔より出来の良い、かっこいいガンダムが、・・・・・・・・
懐かしさから思わず、ズラリと並んだガンプラの中から
ファーストガンダムのキットを手にしていました。
そこから、私のガンプラ製作が再スタートしました。
それが10数年前の事です。
妻には「子供のため」と称して作っていました。
今では子供が悪戯して壊さないようにと、子供の手の届かない
テレビラックの上段に並べて飾ってあります。
でも、私はたまたま自営業で、仕事上ハンドピース(エアーブラシの道具)
も使い慣れているし、時間も自由になるので、ガンプラを自分で製作して
コレクションすることが出来ています。
しかし、世の中には私と同じくらいガンダム(ガンプラ)に想い入れを
持っているのに、さまざまな事情で製作出来ずにいる人も
たくさんいるのではないかと思います。
私は、そんなガンダム(ガンプラ)に思い入れのある方の
手助けが出来ればいいなぁ〜と思ってこのサイトをたちあげました。
どうぞ、ごゆっくりご覧ください。
ガンプラ専門店 アナハイム 野澤一昭
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